心臓肥大は一度なると、ふたたび健康な心臓に戻ることはありません。しかし、悪化することをできるだけ最小限に抑えるため、このお薬はその後一生飲み続けなければならず、くろがなくなる前日までずっと飲み続けていました。


しかし、いちばん辛かったのは、グランドでも公園でも今まで元気よくタフで、ずっと走り回って運動していたのができなくなったこと、ボール遊びで全速力で取りに行く遊びができなくなったことが、私にとっても、くろにとっても、とても寂しく残念で。。。

お友だち、たくさんできたよね。

大きな子も小さな子、犬も人も関係なく、いつも行っていた公園やグランド、ご近所やブログのお友だちなど、お引っ越しやお亡くなりなど寂しい別れもいろいろあったけど、でも、たくさんのお友だちに出会い、一度たりともケンカなどすることなく、本当にたくさんのお友だちやお友だちのパパさん・ママさん、また子どもたちとも仲間の情深く、また母性強く、お友だちみんなに慕ってもらい、そして、仲よくできるおまえだったね・・・。

術後にウーウーと痛々しく唸る姿とそれでもがんばって自力で歩いてトイレをしに行く姿。。。

それに、胸元から陰部にまでわたる、先生も何針縫ったのかわからない・・・というほど、おまえの小さなからだにはあまりにも大きすぎる傷。

私はそのあまりに可哀そうなおまえの姿を見て、気丈に頑張るおまえとは裏腹に私のほうがずっと泣いてたね。


のこも、おまえのいつもと違う様子に優しく看病してくれたよね。


おまえにはなんにもしてやれないもどかしさから、私は、せめて・・・腫瘍が再発しないようにと、出来物にご利益があるという石切劔箭神社に何度も何度もお百度を踏みに行ってたんだよ。。。ときどき、おまえたちを母親に任せて留守するのに、おまえは気づいていたよね。

親の目から見ても彼女は、決して最初から誰にでも近づいていくような愛嬌のあるタイプではありませんでしたし、知らない人には本当に目も合わせようともしない、ぜんぜん愛想のない子でした。

ただ出会って自分と相性が合うというのか、そういう相手へ自らが心許すと、親である私が嫉妬したくなるほど、その人のことを気に掛け、からだ全体で嬉しさを表現し、歓迎し、むかしっからの大親友のように振る舞う・・・そんなたいへん情の深い子でもありました。

そういう内と外との区別をしっかりと持ち、お友だちであれば人・犬問わず自分より下のものに対し愛情深く接する・・・そんな彼女の持つ節度と心優しさが私は大好きでした。

そしてそんな、大好きなたくさんのお友だちに囲まれたどこにでもある穏やかな毎日が、いつまでもずっと、一生続くものだと信じてやみませんでした。(お写真は病気をし始めてからお友だちになったワンちゃんも載せています)


しかし、そんなポカポカとした日々を6年4ヶ月過ごしたある日・・・・・

そんな必死に生きてみせるおまえを見て私は、家の中や家の前だけでのんびり療養させているだけでは、精神的にもまた回復に対する体力的にも、これではいけない!と思い、みんながいる公園へ連れて行ったんだよね。

おまえにとってのいちばんのお薬はみんなと楽しく過ごすことだったから。

あの大きな手術からたった5日で散歩に来たおまえ姿を見て、お友だちのみんなはビックリしてたね。それ以上に、みんなはおまえから勇気をもらっていたんだよ。
しかも、そのすぐ2012年2月29日、8歳の誕生日を無事迎えて一か月後・・・
なにげなくくろのお腹の部分触っていると、8mmほどの硬いしこりを3つみつけたのです。。

慌てて次の日に病院に行ったところ、3か所にしこりがみられることから最初の触診の段階で悪性腫瘍と断定され・・・くろのからだを今度は「乳腺ガン」が襲いました。そして、ただちに乳腺と乳首も含む皮膚組織の全摘出とそれを補う皮膚移植の大きな大きな手術をすることに。。。。。

小さなからだで、しかも「心臓肥大」の持病を持ちながら、乳腺の全摘出とそれに伴う皮膚移植という大きな大きな手術に耐え、さらには術後の激しい痛み、排せつに伴う痛みにもウーウー唸りながらでも本当によく耐えて頑張っていました。
2012年1月5日、8歳を目前にして、まず最初にくろを襲ったのは「心臓肥大」でした。

のちには、お肉やお野菜でとったスープとフードなどに混ぜてお薬を飲ませるようにしましたが、最初の頃はそのまま苦い薬を頑張って飲んでいました。

決して好きではなかった病院にもほぼ毎日、点滴や注射するために通いました。

それまで病気と言えば、せいぜい一度、膀胱炎になったぐらいしかない元気な子だったのに。。。
それでも、手術から翌々日もすると、家の中ではボール遊びをし始めたり、玄関先で外に出たそうにしたり、家の前に出れば日向ぼっこを楽しむ・・・そんな前向きに、今ある命を必死に輝かせ続けようとするおまえの姿を見て、私のほうこそ逆に元気づけられたんだよ。
さらには・・・大きすぎる縫い傷の二度の抜糸にも、一度もおまえは診察台で泣くことなく本当によく耐えました。


手術後、腫瘍の悪性度にもよって術後に定期検査が必要かなども決めるらしいのですが、くろの場合は、非常に悪性度の高い腫瘍で、また人間では腫瘍摘出後の定期検査はおおよそ5年らしいのですが、犬の場合は1年ほどで、くろも手術後1年間、3ヶ月に一度の定期検査を受けることになりました。

同時に私は、くろとのこを連れ、浜寺公園や堺浜のバーベキューに出かけるのを皮切りに、舞洲緑地、須磨浦公園、神戸布引公園、さらには親戚の住む兵庫県の香美町や新温泉町・・・など、くろ、そしてのこの人生にも、また私自身にも悔いが残らないように徹底的に“お出かけ”に連れて行きました。

最悪のことは何が何でも絶対に起こってほしくないと強く願いつつも、それでもある意味・・・この頃、私自身は“腹をくくった”時期でもありました。
定期健診をしながらも、再び彼女のからだをガンが襲いやしないかと本当に不安な毎日を過ごしながらも
→しかし、望みは早くも打ち砕かれ・・・・